『「日本型」教育を再考する:東アジアとの対話を通じて』 

要旨

今日、東アジアが世界の教育研究において注目されている。事の始まりは、経済協力開発機構(OECD)が3年に一度実施する国際学力テスト(PISA)において、2009年以降、シンガポール、上海、韓国、マカオ、台湾、日本らが国際学力ランキングの上位を独占したことであった。OECDを中心に、東アジアの教育の「卓越性」が喧伝され、その後、米国や英国をはじめとする主要国が東アジアの教育実践や政策を自国の教育改革のモデルとして意識するようになった。結果として、東アジアは「パフォーマンスの高い教育制度」(high-performing education systems)の象徴として、今日国際的に流布している (Teng, Manzon and Poon, 2019)。 

このことは、長年東アジアの教育像に付着してきた「負のイメージ」からの脱却を意味するのだろうか。多くの研究者が指摘するように、これまで国際的に流通する東アジアの教育像は、「負の教育像の集合体」として存在してきた (Waldow, Takayama and Sung, 2013; see also Park, 2013; Rappleye and Komatsu, 2018; Takayama, 2017)。学校歴をめぐる子どもたちの熾烈な競争、暗記詰込み型の教育、「教育ママ」や塾通いに象徴される過剰な教育期待といったイメージにより塗り固められた負の表象である。中国や日本を専門にする教育研究者はこうした紋切り型のステレオタイプを崩すべく努力してきたわけだが、国際的な脚光を浴びるようになった今日においても、過去の遺産が完全に消え去ったとは言い難い。事実、昨今の東アジアの教育に関する国際的な議論では、国の経済成長に資する人的資本の形成という側面がとりわけ強調され、制度としての「効率性」が注目される傾向が強い。よって、東アジアの教育に共通した、文化的基盤や制度的特徴、教育実践の思想的背景、ならびにこれらの今日的な広がりや多様性を丁寧に掘り起こす作業が求められている状況には変わりない。 

東アジアの教育に国際的な注目が集まる今、同地域の教育研究者、または東アジア諸国の教育を研究対象とする者の間において、新たな動きが生まれている。それは、各国ごとに行われていた教育研究を、東アジアという地域共通の枠組みの中で捉え直そうとする試みである。例えば、Ho (2020)やTan (2020) は「儒教的文化圏」という概念を提示することで、共通の文化圏という視点からこの地域の教育の特徴や優位性を検討している。同様に、Aizawa, Kagawa & Rappleye (2019) は、「キャッチアップ型近代」、「圧縮化型近代」という東アジア諸国に共有された歴史的経験に注目することで、同地域の中等教育の制度的特徴を検討している。これらの研究に共通するのは、東アジアの研究者がお互いの国の状況・見解を持ち寄り、比較検討を加えるなかで、地域共通の文化的基盤や歴史的経験を分析のフレームワークとして確立することを目指している点である。 

こうした東アジアにおける教育研究の協働の動きに最も大きな知的影響を与えたのは、台湾のカルチュラルスタディーズの研究者、陳光興の『脱帝国:方法としてのアジア』であろう(Chen, 2010)。陳は、西洋の経験や理論を参与点とすることで、歪んだ自己理解を生み出してきた東アジアの知的実践を「方法としての西洋」として批判する。その代案として、東アジアの知識人・研究者がお互いのノートを交換し合いながら、東アジアを西洋に代わる参照点として位置づける戦略として、「方法としてのアジア」を提唱する。竹内好や溝口雄三の議論を敷衍した陳の「方法としてのアジア」は、すでに東アジアの多くの教育研究者に影響を与えており、教育研究における東アジアの知的協働空間を構築する様々な試みを生み出してきた (Lee, 2017; Park, 2019; Takayama, 2016a; Zhang, Chan and Kenway 2015)。 

こうした東アジアをめぐる教育研究の現状を踏まえて、当ウェビナーシリーズ、『「日本型教育を再考する:東アジアとの対話を通じて』では、東アジアを分析の枠組として位置づけて教育研究を積極的に行ってきた国内外6人の研究者の連続公演を企画した。これまでは、どちらかと言えば、「西洋」の経験や理論が自己を定める参与点としてデフォルト的に位置づけれてきた日本の教育研究ではあるが (Takayama, 2016b)、東アジアの共通性に「日本型」を位置付けたとき、日本の教育の自己理解はどのように変容するのだろうか。当ウェビナーシリーズを契機として、西洋との対比を通じて構築されてきた「日本型」を一度解きほぐし、東アジアとの対話を媒介として新たな自己理解への道が開かれることを期待したい。 

参考文献 

Aizawa, S., Kagawa, M., and Rappleye, J. (2019). High school for all in East Asia: Comparing experiences. New York: Routledge.   

Chen, K. (2010). Asia as method: Toward deimperialization. Durham: Duke University Press. 

Ho, (2020). Culture and learning: Confucian heritage learners, social-oriented achievement, and innovative pedagogies. C.S. Sanger and N. W. Gleason (eds) Diversity and inclusion in global higher education. New York: 117-159. 

Lee, Y. (2017). A critical dialogue with ‘Asia as method’: A response from Korean education. Educational Philosophy and Theory 51(9): 958-969. 

Park, H. (2013). Re-evaluating education in Japan and Korea: Demystifying stereotypes. New York: Routledge.  

Park, J. (2019). Knowledge production with Asia-centric research methodology. Comparative Education Review 61(4): 760-779. 

Rappleye, J. and Komatsu, H. (2018). Stereotypes as Anglo-American exam ritual? Comparisons of students’ exam anxiety in East Asia, America, Australia, and the United Kingdom. Oxford Review of Education 44(6): 730-753. 

Takayama, K. (2017). Imagining East Asian education otherwise: Neither caricature, nor scandalization. Asia Pacific Journal of Education 37(2): 262–274. 

Takayama, K. (2016a). Deploying the post-colonial predicaments of researching on/with ‘Asia’ in education: A standpoint from a rich peripheral country. Discourse: Studies in the Cultural Politics of Education 37(1): 70-88. 

Takayama, K. (2016b). Beyond ‘the West as method’: Repositioning the Japanese education research communities in/against the global structure of academic knowledge. Educational Studies in Japan 10: 19-31. 

Tan, (2020). Confucian philosophy for contemporary education. New York: Routledge. 

Teng, S., Manzon, M., and Poon, K. (2019). Equity in excellence: Experiences of East Asian high-performing education systems. Singapore: Routledge.  

Waldow, F., Takayama, K., and Sung, Y. (2013). Rethinking the pattern of external policy reerencing: Media discourses over the ‘Asian tigers’’ PISA success in Australia, Germany and South Korea. Comparative Education 50(3): 302-321. 

Zhang, H., Chan, P., and Kenway, J. (2015). Asia as method in education studies: A defiant research imagination. New York: Routledge.  

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